第10回 Protein Society年会見聞記                1996.8
 
 上記会議が8月3日から7日までカリフォルニアのサンノゼ(San Jose)で行われました。Protein Societyは Protein Scienceを発行している母体で、1987年に始まったばかりの若い学会ですが、会員は既に3000人を越えています。現在までのところまだアメリカの学会という色彩が強いですが、国際学会をめざして会の発展に努めています。"Protein Science"は大変早い時期から Abstractやkinemageをフロッピーディスクで配布したりするなど、新しい学術誌のあり方を模索しているユニークな雑誌です。
 さて、この年会では慣例になっているように、一般講演はすべてポスターで、口頭発表は招待講演のみでした。筆者は2年おいて2回目の参加でしたが、まず感じたのは、この学会に限ったことではありませんが、三次構造の分かった蛋白質についての報告がとても多くなったことでした。10年以上前、DNAの塩基配列決定が盛んになった頃、配列が分かっていない蛋白質についての発表が次第に色あせて感じられたように、これからは三次構造が既知であることが人に興味を持ってもらうために必要になるように思われました。このことは、今回の二つの特別招待講演が Prof.Huberと Prof.Yoshikawa & Tsukiharaで、いずれもX線結晶解析の結果であったこと、また Protein Societyの最高の栄誉である Stein & Moore賞がやはりX線結晶学の Dave Eisenberg教授に与えられたことと符合しています。
 Eisenberg教授はグルタミン酸合成酵素など多くの酵素蛋白質の構造決定のほか、hydrophobicity moment、3D-1D法など、蛋白質の立体構造決定因子や高次構造予測法の開発など、多くの業績を残しておられますが、受賞講演は最近の仕事である Domain swappingの話でした。私は蛋白質分子の集合に興味を持っているので、この講演は特に興味深く聞きました。Eisenberg教授は一つの蛋白質が条件によって単量体にも二量体にもなる場合、あるいは生物種によって相同な蛋白質が単量体であったり二量体であったりする場合に注目しました。これらの構造をよく見てみると、二量体においては、単量体内で相互作用するドメインaとドメインbのうちの一つのドメインが他のサブユニットから提供されている例が相当数あることが分かりました。この結果は、進化の過程でサブユニット構造が生じる過程をうまく説明しているように思われました。一般的に、1塩基置換、即ち1アミノ酸置換で安定な二量体が生じることは考えにくい訳ですが、上記のような方法を採用すれば1アミノ酸置換や1回の欠失で安定な二量体を形成することが可能になります。彼らはこれをドメイン・スワッピングと呼んで、進化の過程でサブユニット構造が生ずるシナリオを描いています(Protein Science 4:2455-2468 (1966))。
 もう一つ印象に残ったことを述べると、Ken Dillらの energy landscapeという概念が広く行き渡ってきたということです。よくあることですが、これは多くの人が漠然と考えていたことを分かりやすい形で表現したことなのだと思います。考えて見れば、もともとネイティブな状態は1つですが、Dと記される変性状態は実は多くのコンホメーションからなっているので、ラッパの形をした energy landscapeは定性的にはとても理解しやすいと思います。
 ところで、科学には伝統が重要だと言われますが、その点からの二つの講演が印象に残りました。一つは Linderstrφm-Lang の生誕100年を記念して行われた Schellmanの講演と、懇親会(Banquet)で行われた Doolittleの自己の研究の足跡を振り返る講演です。Doolittle教授の講演は「Late-Night Thoughts of a Classical Protein Chemist」というもので、実は「Night Thoughts of Classical Physicist」という小説の題名をもじったものでした。主人公のヤコブ教授と自身を時折二重写しにした、大変ウィットに富んだ講演でした。一人称で蛋白質化学の分野での歩みを語ったDoolittel教授は、そこから再び小説のヤコブ教授に戻り、「ヤコブ教授は最近少し憂鬱です」、「昔よく引用された論文は次第に引用されなくなり、人々はそのうち自分の存在すら忘れてしまうだろう、」と思うようになります。だから、「若い人達は明日のことは考えずに、今の研究を楽しみなさい。」と締めくくりました。
 時代は「構造生物学」へと大きく前進しようとしています。しかし、「構造」は研究の出発点でこそあれ、終点ではありません。私は Linderstrφm-Lang の蛋白質の物理化学や Doolittleらの蛋白質化学の地道な発展は、これまで私たちの蛋白質理解を大きく支えてきましたし、これからも蛋白質の理解に欠かせないものだ、という思いをいだきつつ会場を後にしました。