三井幸雄先生との出会い
東工大・院・生命理工・生命情報専攻  有坂文雄
 
 1981〜2年頃だったと思う。私は当時北大薬学部の石井信一教授の研究室で助手をしていたが、石井先生のお使いで三井先生を本郷薬学部の研究室にお尋ねした。石井先生は当時トリプシンとベンゾイル-アルギニン-パラニトロアニリドの結合様式について考えておられて、トリプシン上に同化合物を配置したときに、アニリン部分がトリプシンのある部分にぶつかるのではないか、ということを確認するのが目的であった。そのために三井先生の作られた蛋白質の立体構造表示プログラムSTDRAWを使わせていただこうと、使い方を習いに伺ったのだった。三井先生は初対面の私を笑顔で迎えてくださり、実際にプログラムを動かしながら丁寧に使い方を教えて下さった。そして、プロトコールを書き記した分厚い説明書をいただいた。その後で、研究室を案内してくださった。三井先生は「どんどん結晶化にもチャレンジしてください。」とおっしゃって、ハンギングドロップ法のためのガラス容器を下さり、使い方まで教えて下さった。私もいつか自分の蛋白質を結晶化して構造を決めたいものだと心をときめかせたが、当時私のやっていた蛋白質はT4ファージの尾鞘蛋白質で、これは結晶化条件でポリシースという重合体を作ってしまって単結晶がなかなかできない。結局、その蛋白質の結晶化の夢は未だに果たせないままでいる。使い方を教えていただいたSTDRAWはその後も、石井研でコンカナバリンAやヘモグロビンα鎖のモデルを作るときにも大変便利に使わせていただいた。STDRAWを利用してxy, yz, zx各平面への投影図を作ってはそれを模型を固定する枠にセロテープで貼りつけ、つらつら眺めながら同僚の熊崎隆さんや阿部勇吉さんと一緒に模型を作ったものである。三井先生からは蛋白質分子の表面積を計算するプログラムもいただいたが、これは計算時間がかかり、大型計算機センターの課金が気になってなかなか使えなかったことを憶えている。当時の時代背景を思い起こさせることとして、その頃、確か朝日新聞の記者が三井研究室を訪ねて書いた記事があった。「記者自身がプログラミングに挑戦」、というふれ込みで、三井先生の指導の元、先生がお決めになったSSIの構造を回転させながら観察する、ベーシックのプログラムを作るという趣向のものだった。確か朝日新聞の科学欄(だったと思ったが)に載っていた。私も早速自分のパソコン(NECのPC8001)にそれを打ち込んで試してみた記憶がある。
 それから既に20年近く経ってしまったが、最近になってやっと我々のもう一つの蛋白質の構造解析のめどが立ってきた。当研究室で学位を取り、現在Purdue大学のMichael Rossmann教授の下に留学している金丸周司君がテイルリゾチーム(gp5)とgp27のヘテロ6量体(総分子量約32万)の結晶化に成功し(分解能3.5A)、現在位相決定のためのセレノメチオニン置換体の作成を行っている。近いうちに構造が決まることを期待しているが、この成果を三井先生に聞いていただくことが出来なかったことをとても残念に思っている。この機会をお借りして、X線結晶学への興味をかき立ててくださり、またいつも暖かく接してくださった三井幸雄先生に改めて感謝申し上げると共に、ご冥福をお祈りする次第である。